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2010年11月 2日 (火)

ロシア大統領の我が北方領土訪問に断固抗議をする

去る昭和20年8月15日に、我が国は大東亜戦争の終結を世界に表明し、我が全軍に対しても軍事行動の停止を命令した。
然し乍ら、ソ連はこの事を無視して満洲・樺太・千島列島等において一方的に攻撃を加え、火事場泥棒的に侵略を続けた。
南樺太や占守島においては、現地軍はその無謀さに憤慨して、一時ソ連軍に多大の損害を与え勝利をしたのだが、本国からの再指示に従って軍事戦闘を停止した事実があった。それによりソ連軍は南樺太・千島列島と北方四島をも占領した。 

昭和26年のサンフランシスコ平和条約で、日本は千島列島は放棄しているが、北方四島はそれには含まれない固有の日本領土である。

ソ連は悪どく四島の占領を続けていたが、弱体化したソ連が突如崩壊して解体した。その主力を引き継いだロシアは、本質的にはソ連の体質と全く変わらない様だ。
日ソ共同宣言で歯舞群島・色丹島の2島は日本への引き渡しを明記して国交回復したのであるが、残る2島の返還を求める日本に対して、現在に至るもロシアとの対立が続いて居る。

ロシアのメドページェフ大統領は、麻生元首相との会談で平成21年2月に領土交渉の加速化を約束したが、ロシアとの平和条約自体が未だ締結されないままであり、民主党政府になってからは更に方針が明確では無く、交渉は止まったままである。

ここにきて最近ロシアは、上記の昭和20年の8月15日ではなく、日本が降伏文書に調印した同年9月2日を事実上の対日戦勝記念日と制定して、一方的に日本側を牽制し始めた。それをPRすべく本年7月には4島の内の択捉島で大規模軍事演習を実施したり、今回は日本の反対表明を押し切って本11月1日、大統領は4島の内の1つの国後島にベトナムの会談地より空路樺太経由で乗り込んだのである。

これによってロシアとの平和条約締結を含む領土交渉は、一段と困難さを増すであろう。
中国の尖閣諸島や油田開発に伴う挑発的行為による紛争に続き、今回更に北からのロシアにより最大の圧力を受けた日本は、断固とした態度と行動を示さねばならぬ。

基本的には米国押し付け憲法の改正が必要であるが、直接的には軍事力の増強配備が無い限り、交渉好転は期待出来ないであろう。日本人であるならば、今や目を覚まし決起が望まれる次第である。

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正しい歴史を考える会

誤った歴史認識や教育が多い今こそ、私共の経験と知識とを基に、正しく歴史を考え主張し、若い世代を主対象に判りやすく語りかけて、後世に伝えたいと思って居ります。